COLUMN

娘へ

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2歳と1ヵ月。

 

初めての運動会。

 

期待し過ぎずに期待して
オープニング後すぐに始まる
りす組のプログラムを見守った。

 

1番小さいクラス。

 

保育士の先生たちにつられ
1人、また1人とダンスを始める園児たち。

 

踊るみんなの真ん中で
娘はいつものように
状況を把握しようと辺りを見回している。

 

父母席の中に従姉妹を見つけ
口元がなっちゃん、と動く。

 

ビデオカメラのズームボタンを
スライドさせたところで
りす組のダンスは終了した。

 

期待し過ぎずに
期待しないで見守ろう。
そう気持ちをあらたに
次のプログラムを待った。

 

市販の1番小さい体育着が
大き過ぎて袖を何度も折り曲げてある。
名前を書いたゼッケンもやはり大きく見える。

 

お兄ちゃんお姉ちゃんクラスのプログラムがいくつも終わり、
いよいよ…りす組のかけっこの番が来てしまった。

 

ゴール付近に集められた父母に紛れて
ビデオカメラの録画ボタンを押す。

 

ビデオカメラの中で娘を見つめ
深呼吸をひとつ。
期待し過ぎずに見守る気持ちで
ズームボタンをスライドさせた。

 

位置についてー!
よーい!
ドーン、と鳴った瞬間、
ダンスでは棒立ちだった娘が、
誰よりも早くレーンを駆け抜けママの胸に飛び込んだ。

 

?!早い!、思わず言葉がこぼれた。

 

ママを思う気持ちが上半身を前のめりにさせ
倒れないようバランスを保つために次々に足を走らせる。
安定感はないが、クラス違いかと思うほどの早さに
ズームボタンを戻すのが間に合わなかった。

 

初めての運動会。

 

期待と驚きの連続で踊っていたのは自分自身なのかもしれない。

 

運動会前日から早朝にかけて
お弁当の準備に踊ったのは妻。

 

運動会ひと月前から
父兄リレーの可能性を考えて
週に2、3回2〜3Kmの独りかけっこをしていた私。

 

結局、プログラムに父兄リレーはなく、
クラス対抗父兄綱引きに参加した。
もちろんヤルカラニハ!と全力で綱を引いた。

 

その日の夜。

 

娘を真ん中に
お弁当の残りで反省会と称して乾杯した。

 

ビールをひと息に飲んで
ぷはぁーっと声に出し、静かに缶を置いた。

 

疲れと程よい気持ちよさで
まったりとしていた。

 

娘がぼそぼそと小さな声で
何かを言った。

 

なーに?と家内が娘を促す。

 

「パパはいつもがんばっているよ」

 

え?私は娘の顔をじっと見つめた。

 

「パパはいつでもがんばっているよ」

 

時間がとまる。

 

仕事の事や現場で解決して来たいくつもの問題が何故だか頭をよぎった。

 

パパはいつでもがんばっているよ。

 

奥歯を強く噛みしめ何度も涙をこらえて
喉の奥から今しか伝えられない娘への言葉を絞り出した。

 

「ありがとう」

 

最後に付けるはずの「ね」を涙と共に飲み込んだ。

 

普段はママ、ママ言っている娘。

 

家内に聞くと
綱引きで全力で挑んでいた私を応援していたとの事。

 

無我夢中で握った綱を必死に手繰り寄せた。
人生と綱引きも表面は似ていなくても、実はどこかで繋がっているのかもしれない。
糸を手繰り寄せればどれも心の部分に辿り着く。
何に挑むとしても最後まで諦めない。
けれど誰よりも心が強ければ、とも思わない。
バランスが大事なんだよな、といつもいろいろな人に気付かされる。

 

優しく娘の頭をなで
もう一度だけ、ありがとうね、ときちんと伝えた。

 

その隣りで笑っていたはずの
家内の目尻がキラリと光った。



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