COLUMN

ガジュマルの樹

gajumaru

降り注ぐ木洩れ陽を、まぶたの奥に感じながら公園の遊歩道を歩いていた。


途中、天道虫を見つけ手の平に乗せると、落とさないようゆっくり歩いた。
初夏の風が緑色の香りを運んでいる。
うたた寝をしているスーツ姿。
グラウンドゴルフを楽しむ人々。
小さな子供を見守る母親たち。
掃除のおじさんが手を休め子供たちを見つめ微笑んでいる。
足を止め、おじさんの視線の先を見つめた…。
子供のころ。
大きなガジュマルによじ登り、すり傷を作ったり、
お気に入りの服を汚したり、ポケットに忍ばせていた宝物を無くした。
「危ないよ」という大人たちの言葉を聞かず、
実際に体験して失敗や痛みを体で覚えた。
「だから言ったでしょ」確かに聞いた、頭だけでは噛み砕いた物を飲み込むまではできなかった。
だから、やってみる。
経験した人にしかわからない強みが必ずそこにあった。
けれど、大人になるにつれ、失敗や痛みを恐れ、考えてしまう。
大人になると見えなくなってしまう物、見失ってしまう物。
子供のころに置き忘れて来た物がいっぱいある。
そんな忘れ物の多くを、公園で無邪気に遊ぶ子供たちに重ね合わせていた。
ふと、過去を振り返るみたいに遊歩道を振り返ると、いま歩いて来た道が伸びていた。
遠くで子供が転ぶのが見え、心配になって息を飲む。自分の子供時代と重ね、思い出したように目を細めてみる。
「よし!久しぶりにガジュマルに登ろう!」
力強く頷いて、大きなガジュマルを選び前に立つと、大きく息を吸って見上げた。
人差し指にとまった天道虫が道を探している。
ガジュマルに登るには天道虫を手放さないといけない。
両方を手に入れることは出来ない。
一瞬だけ迷って、大空に天道虫を放った。
自分の体よりも大きな羽を広げ天道虫は青く澄み渡った空へと飛んで行く。
進む道にも必ずどちらかを選ばないといけない時がある。
天道虫を遠くに見送って、土を両手に擦り付けるとガジュマルの幹に手を伸ばした。
子供のころに見た、樹の上の世界がきっとそこに広がっている。
忘れていたものがきっとそこに広がっている。
見えなくなったものが…
そんな気がした。
久し振りに「擦り剥いても汚れてもいい」そんな子供の頃ような清々しい気持ちで、
大きなガジュマルの樹を、青空に向かって、ゆっくりと登り始めた。

赤嶺しげたか 2009・6・9 沖縄タイムス 「唐獅子」掲載



SITEMAP