キーを回し、エンジンがかかると、私は耳を澄ました。
慌てずゆっくりエンジンが温まるまで楽しい事を浮かべる。
そんなゆとりを持つ為に、予定の時刻よりいつも早めに出かけるようにしている。
エンジンの音が優しくなったところで、シートベルトをしめ、最近お気に入りの曲を選択してスタートさせた。
20代前半の頃のように、もうスピードを出したりはしない。
信号待ちでも、慌てずゆっくり青になるのを待つ。
のんびり走っていると、後ろの車が、エンジンを「空吹かし」しながらあおって来た。
私は気持ちよく道をゆずり
「トイレに急いでいるんだね」
と笑って先に行かせる。
通り過ぎて行く窓越しに睨まれた私は
「ごめんね」 と合図を送った。
20代の頃のように、睨み返したりはしない。
丸くなったと言えば丸くなったのかも知れない。
成長した、とか大人になった、のほうが何となく好きかも、と思う。
夢や目標を諦めたわけではなく、坂道で踏ん張る力強さも決して忘れてはいない。
国道をしばらく走ると、ヤシの木が並び始める。
空と海の、種類の違う青色の綺麗さに感動して走っていると、
モミジマークの軽バスが遠くに見え隠れしていた。
近づいてみると、老夫婦が笑顔で楽しそうにドライブしている。
どの車もトイレが近いのか、クラクションを鳴らし追い越して行く。
私は制限速度よりもだいぶゆっくり走るその車の後ろを静かに走ってみた。
老夫婦が辿って来た道を・・・思い浮かべてみる。
赤信号。青信号。黄色信号。
横断歩道。歩道橋。停留所。交差点。
先を急ぎたい気持ちを抑え、のんびり走っていると
少しずつ温かい目で見られるようになって行った。
人生にもドライブにもいろんな通過地点があったりする。
流れていた曲が終わり、アーティストが変わった。
挫折や失敗を繰り返して辛かった時期、に聞いていた曲が流れ出す。
ずっと避けていた曲も今なら聞ける。
遠い夜空の花火を眺めるみたいに目を細めて聞けるようになった事が嬉しい。
前より心が強くなった気がした。
合流車線でゆずってくれた車にお礼の合図を送り、ハザードで感謝を示す。
再び合流車線で道をゆずると、合図はなかったけれどアタリもあればハズレもあるさと笑ってみる。
1時間ほど走ったところで、見覚えのある車が前の車をあおっていた。
前の車は小刻みにブレーキを踏んで先に行かせまいと頑張っている。
その横を私はゆっくり静かに見守る気持ちで通り過ぎて行く。
人生ってどこかドライブに似ているのかも知れない。
どんなに急いでイライラしても到着時間はさほど変わらない。
苛立ちエネルギーを創造する事に切り替えてみると毎日が楽しくなる。
「ゆずるとゆるす」気持ちを忘れずに「人生ドライブ」をこれからも楽しんで行こうと
エアコンを切って窓を開けた。
もうすぐコンビニ。
少しだけ寄り道して行こう。
赤嶺しげたか 2009・5・26 沖縄タイムス 「唐獅子」掲載
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