COLUMN

柱のキズ

times

「あなたの家に、大切なキズはいくつありますか?」


小さい頃、どの家に遊びに行っても、
柱には子供の成長と共に刻まれたキズがあった。
床には、お手伝いの途中にこぼしてしまった染みがあったり、
壁には模様替えの家具の行方が記されていたりした。
床の軋みで子供たちがリズムをとり、
みんなが家の中で家族の在り方を学び、成長を喜び、
共に悲しみ、共に笑い、ケンカして仲直りして、背くらべしながら大人になった。
挨拶の仕方を覚え、叱られた時の謝り方を身に付け、
失敗しない事よりも失敗から学ぶ方法を受けとり、大人への準備をして巣立って行った。
カタチあるものはいつかキズが付く。
その時にどう思うか、どう教えるか、どう叱るか、どう学ぶかで人生は楽しくも、悲しくもなる。
思い出して欲しい柱のキズを。床の染みや壁のキズも。
懐かしい想い出話しを共有できる家族が、戻る場所を。
「大切な家にキズをつけない」よりも
「大切な家族のアルバム造り」
大人になり、家族を作り、子供が迷った時、自分の子供の頃のキズを見せてあげる。
「自分にも同じ時期があった、だから大丈夫だよ」
と笑って想い出を語って。そんな場所を、アルバムを、子供たちへ受け継いで欲しい。
残して欲しい。柱のキズも壁のキズもいつか想い出に変わる大切なカタチあるアルバムとして。
柱のキズを眺めながら、あの頃はこんな事があった、あんな事があった、
みんなで何処へ出掛け、何処のケーキが美味しくて・・・。
床の軋みを聴きながら、あの時こんな事があっておかしくて泣くほど笑ったね、
と想い出を数えながらひとつひとつ乗り越えて来た事を、共に笑顔の奥に噛みしめて。
忘れないで欲しい、キズや軋みも時には、大切なアルバムの目次だという事を。
忘れないで欲しい、家族みんなで過ごした想い出のキズたちを。
もしも遊びに来てくれたお客さんに訊かれたら「キズひとつも家族のアルバム」と胸を張って伝えて欲しい。
設計の現場へ行く私の挨拶が
「ご苦労様」から「お邪魔します」に変わる時、
そのアルバムは静かに表紙を開く。

赤嶺しげたか 2009・3・31 沖縄タイムス 「唐獅子」掲載



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