COLUMN

海中道路バタフライ

どこまでも高く青い澄み渡った空から何か羽根のような物がゆっくりと落ちて来る。一見、落ち葉にも似ているが金粉を振りまきながら降りているように見えた。反射できる光をすべて受け止めキラキラと何色にも輝いている。それはよく見ると一匹の蝶で、ひらひらと舞い降りてきたかと思うと、私の頭上を旋回しながら飛んでいる。私が見上げると十秒ぐらいその場に留まる姿をみせてから再び空高く飛んで行ってしまった。一体、何だったのだろうか。白昼夢の類なのだろうか。もう一度姿を見せて。私は何度も目をこすり消えて行く蝶の姿を必死に追っていた。

 

いつだったかは忘れたけれど蝶の本当の数え方は「匹」ではなく「頭」だと教えてくれたのは母だった。「そんな難しいことよく知っているね」と隣にいた姉が訊ねるとただ一言「この世で一番、蝶が好きだから」と空を見上げて呟いていた。

 

「あれから二十六年もたったのかぁ」感慨深そうに電話口で姉が呟いた。

そんな姉は高校を卒業すると東京で就職し、そのまま嫁いでしまった。沖縄に帰って来るのは父の法要に合わせて四年から六年に一度だけだ。今では中学生と高校生の娘二人に恵まれ家族四人、東京で平凡に暮らしている。姉は来週の二十七回忌に帰って来ると言う。四年ぶりだ。

庭で豆柴犬のモーツァルトが寂しそうに鳴いている。

「そうだね。お姉ちゃんがもうすぐ四十にもなるわけだ」チューハイを飲み干して、からかうように笑いながら言う。

「ばーか。あんたもすぐだって」どんなに離れていても声を聞けば姉の顔が浮かぶ。父の顔は思い出せないけれど時折、姉の笑顔に父の面影を探したりする。父に似ていて鼻の高い姉がいつも羨ましく誇りだった。

「そう言えばさぁ」

「なぁに?」

「お母さんって、今は何色なの?」

紫色。オレンジ色。ピンク色。黄色。

絵の具や色鉛筆のことではない。今まで私の母が数年おきに染めてきた髪の色のこと。

私はその母のカラフルな髪の色が苦手だった。恥ずかしくて一緒に出掛けるのも嫌で仕方なかった。どれも鮮やかな色ばかりで何処を歩いていてもジロジロと稀有な目で見られているような気がしてならなかった。休日に母と出掛けたくてもそれが嫌で人目の付きにくいドライブばかりになってしまっていた。 それでも休憩で立ち寄るコンビニやサービスエリアでは、すれ違う誰もが振り返ってくすくすと笑っていた。何度か帽子をプレゼントしたこともある。けれど母は肝心なところで脱いでしまうのでプレゼントした意味もなく毎回憂鬱だった。

大きくひとつため息をついてから「あなたの母親の髪の毛は二十三回忌から変わらず黄色です」と答えた。

「あれ、二十三回忌って黄色だっけ?」

「そ、黄色。その前はピンク。その前はオレンジ。その前が紫。ここ数年はずっと黄色、黄色も黄色、真っ黄色」

そんな母の髪の色が鮮やかになったのは父の十三回忌を終えた頃からだった。突然、何の前触れもなく髪の毛を紫色に染め、隣近所や親戚の人たちを驚かせ、そして気味悪がらせていた。

「お母さんやるねー」

「やるねーじゃないわよ。ずっと一緒にいる私の身にもなってよ。こっちは大変なんだから」

「だから、さっさと相手見つけて結婚しろっつーの」

沖縄から離れた姉は日々年老いて行く母の姿を直接見てはいない。七十歳を前にして読み書きする際には毎回目を細め、老眼鏡が合わなくなってきたのか見えにくそうにしている。立ち上がる時は腰や膝を痛そうに手で支えているし、夜中のこむら返りなんて毎度の事だ。その度に私がマッサージをしてあげている。だから私が本気で結婚を考える時、母と私はセットなのだ。

三十三年の人生で結婚を考えなかったことはない。人並みに恋愛する中で、どの相手とも結婚は意識していた。ただ、母を一人おいて嫁ぐことは決して出来ない。と言っても姉に愚痴ることも出来ない。

三年前に別れた彼とは本気で結婚するつもりでいた。立ち直るのに、月日と時間がかかった。それまで殆んど飲めなかった私は、彼を忘れるためにだいぶお酒の味を覚えた。もう恋なんてしないなんて・・・ってカラオケ

で訳が分からなくなるほど絶叫したりもした。でも、もう恋愛はしたくない。私自身、隣に母がいれば結婚を焦る事もないし、母が今幸せならばそれで良かった。

「三十三だよ。そろそろ結婚考えなって」

遠く離れている分、姉の無責任な言葉に時折イラっとすることもある。

「出産も育児もあんたが思っている以上に体力使うから少しでも早いほうがいいって」

「はいはい。わかりました」冷蔵庫から二本目の缶チューハイを取り出し、足で扉を閉める。キッチン作業台横に置いた野菜ジュースのダンボールケースがさながらのお一人様カウンター席だ。

「あんた今、足で冷蔵庫閉めたでしょ」

「はいはいはい、すみませんでしたー」

「また。そうやっておちゃらけちゃって」

姉はいくつになっても姉なのだ。電話の向こうからパリパリとスナック菓子を頬張る音がする。

「誰か、いい人、いないのぉ、ほんとに」も

ごもごと咀嚼の隙を縫って言葉を並べている。

「いたらとっくに付き合ってるって」

きっと姉も本気で私のことを心配してくれているのだと思う。それもわかっている。父に似て心根は優しい姉なのだ。だから、余計に小学校一年生のクリスマス前に姉に閉じ込められたことがトラウマになって心に突き刺さっている。きっと友人と遊びに出掛けたかった姉は私を押入れに閉じ込めたのだ。

リモコンを手に取り、エアコンの設定温度を下げた。遠くから消防車のサイレンの音が聞こえ、モーツァルトが遠吠えを始める。

「あ、もうこんな時間。そろそろ切るよ。あんた明日仕事でしょ」

壁時計を一瞥すると十一時を過ぎていた。

「ううん。明日は有給消化で休みだから、黄色さんとドライブ行く約束しているよ。また北部に行きたいんだって」

「おいおいおまえ黄色さんって親に向かって色で言うなよ。おいおい」姉もふざけて棒読みの台詞みたいに言ってくすくす笑う。

「ヤンバルかぁ、懐かしいなぁ。海も綺麗だもんね」姉は少し目を細めるような声色に変わりながら「でもお母さんもお父さんも海中道路が好きだったんだけど」と付け加えた。

「ふうん、そうだったんだ」と会話の流れで通り過ぎてから、はっとして「え、海中道路が好きだったの?」と姉に訊き返した。

初耳だった。母からも聞いたことはない。「本当に海中道路?」再び素っ頓狂な声になってしまった。父と母と海中道路。頭の中で思い出を手繰り寄せようとしても紐の先さえ見つからない。

「あれ、知らなかった? 小さい頃、よく4人で行ったでしょう」当然のように姉が言う。宮城島出身の父と具志川出身の母は結婚する前、海中道路の真ん中で会っていたのだと姉は付け足した。

父が亡くなってから母は避けているのか海中道路へ行こうとはしなかった。年間を通していくつものイベント事があるけれど誘う度いつも首を縦には振らなかった。父との思い出を閉じ込めているのだろうか。

「そうだっけ」私には思い出せない。記憶が曖昧な私にとって家族の思い出は鍵のかかった共有ファイルと同じなのだ。父が亡くなった年の、七歳と十二歳では学校で習う足し算と分数の差以上に記憶の透明度も大きく違っている。それがいつの間にか年の差を感じないまでにお互いが大人になっていた。人は楽しかった思い出よりも、苦しかった記憶のほうを削除できずに人生を過ごすのかもしれない、とふと思った。

キッチンの換気窓から津梁パークの四角くて黒い塊がスーパームーンに照らされて神秘的な森に佇む古城のように見える。

津梁パークが出来る何十年も前、いや埋立地の州崎さえも無い、ここにまだ海が広がっていた時代、両親と姉と私でいろんな場所へ出掛けた。それが時々聞かされる私の知らない家族写真の構図だった。

ふと目の前をふわふわと白い影が横切って行く。

「あ、蝶々」

「蝶々?」

「うん。今、目の前を飛んでいった」

私にはその蝶が、尾を引く彗星みたいに緩やかに金粉を振りまきながら飛んでいるように見える。初めて見た時には何度も目を擦り夢や幻じゃないかと自分を疑った。信じて貰えないとわかっていたから、今日まで誰にも話さずにやり過ごしてきた。

「こんな夜中に? 蛾じゃないの?」

「ううん。絶対に蝶々。時々飛んでるんだよね」

「ふうん、え? 時々って言うことは前から家の中を飛んでたってこと?」と呟いてから姉が突然何かを思い出したかのように「ねえ、蝶ってどんな蝶?」と返事を急かした。

「どんなって」

「色とか形とか蝶の見た目に決まってるじゃない」今度は語気を強めている。

「い、色は白にも金色にも銀色にも見えるし、大きさはオオゴマダラぐらいかなぁ」

「ねえ」一瞬、間を置いてから姉が「本当にその蝶々が見えるの」と躊躇いながらも襟を

正すかのように真っ直ぐ前を見る声で言った。

「当たり前じゃない。お姉ちゃん何言ってんの」

「だって、大型のモンシロチョウなんて見たことないでしょ」そう言い放つ。

「言われてみれば」

それから何かを考え、頭の中でひとつずつ

整理するように姉がぶつぶつ呟いている。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「うん、ちょっとまって今考え中」

「考え中って電話代が勿体ないんですけど」

家族間通話無料なので実際には料金はかからないはずだけれど時間が勿体なかった。呆れて肩と耳でスマホを挟み、ガサゴソと買い置き棚の中からツマミになりそうな食料を物色する。夜の静寂の中で姉のぶつぶつ呟く声だけが小さく聞こえた。魚肉ソーセージを見つけ袋から取り出し、赤い耳を引っ張ったらそのまま千切れた。ああ、もう・・・と一人ごちていたら「わかった!」と姉が叫んだ。

「私わかった。わかったわよ」

驚いてソーセージを床に落とす。

「何? 何がどうわかったのよ、もう」床に転がっていたソーセージを拾い、ダンボールに座り直した。

「赤よ」

「赤? いきなり何?」段ボール箱からずっこけそうになりながら「赤い蝶ってこと?」と訊いてみる。

「ううん、きっと赤だね」独り言のように姉は自分の言葉を自分自身に染み込ませているみたいだった。

「お姉ちゃん何言ってんの? 会話が成り立っていないんだけど」姉が本気でおかしくなったかと思った。

「ねえ、本当に大丈夫?」

「ああ、ごめんごめん。大丈夫、大丈夫」

「もう、びっくりするじゃない。急に変なこと言うから。頭がおかしくなったかと思ったよ」

姉はケラケラ笑いながら気持ちと頭を整え大きく息を吐く。

「お母さんの髪の色がわかったよ」

「髪の色がわかった? それってどういうこと? 蝶の話じゃなくて?」

再び頭が混乱し眉間を寄せ、虚空を見つめながら、はっとして飛んでいたはずの蝶を探す。「あれ?」どこへ行ってしまったのかいつの間にか姿が見えなくなっている。余韻のような金粉の尾を探すが見つからなかった。

「次はきっと赤だから」と再び姉は言い「明日また電話する」そう言うとやり残した家事でも思い出したかのようにすぐに電話を切った。

「電話してるのいつもこっちなんですけど」

スマホの画面を確認し指を滑らせ表示を閉じる。今夜の姉は変だった。飛んでいる蝶を「本当に見えるの?」と言ったり、母の髪の毛が次は赤色になると言い出したり、どこか焦点の定まらないカメラを覗いている感覚だった。

ソファにスマホを放り投げトイレへ行こうと廊下の電気を点けると目の前に母がいた。

「うわぁ」と叫びかけて「お母さん何やってんの?」と自分自身を落ち着かせながら肩で息をする。

「いやぁ暑くて眠れなくて」

「エアコン点けたらいいじゃない」

「エアコン点けると朝が辛いのよ」母は目をしばたたかせている。

丁度その時、さっきいなくなったはずの蝶が廊下の奥から現れ私と母の目の前を飛んで行くところだった。私は小さく「あっ」と声を出してしまってから、それは母に見えていないことに気づく。

「どうしたの?」

「ああ、いやお姉ちゃんが」咄嗟に姉の話題で誤魔化した。電球色に光る母の黄色い頭が見える。その頭上を旋回する蝶が、確かに私には見えている。なぜ母には見えないのだろう。蝶の動きが気になって仕方なかった。

「お姉ちゃんは何だって?」

「ああ、来週、法事の前日に帰って来るって、言ってた」

「そう、良かった。じゃあ、迎え行かないとね」母は安心したのか踵を返し自分の部屋へと戻って行く。その後を追うように蝶がふわふわと飛んで行くのが見えた。

 

翌日、水曜日の夜も、お風呂の後で缶チューハイを一息に半分まで飲み、ぷはーと言ってから姉に電話をかけた。呼び鈴を聴きながらエアコンを点ける。

今日は一日中暑かった。朝早くから運転していたせいかキンキンに冷えた缶チューハイが喉をゴクゴク言わせ気持ち良かった。電話に出た姉が「待ってました」とばかりに勢いよく話し始める。私は姉の話を肴に夢中で缶チューハイを飲んでいた。姉との会話があらぬ方向へ進むまでは。

「何なのそれ」

「だからほんとだって」

「お父さんが蝶になるわけないじゃない。お姉ちゃん、ばっかじゃないの」姉のとんでもない発言で手に持った缶を落としそうになる。

姉は真面目な声で、家の中を飛んでいる蝶を亡くなった父だと言うのだ。

「百歩譲ったとしてじゃあ、どうしてお母さんの髪の色が今度は黄色から赤色になるのよ」訳が分からない。残りの缶チューハイを飲み干してから大きくひとつ溜息をついた。

「私、思い出したことがあるのよ」

「何を」冷蔵庫を開け350ミリリットルの缶に伸ばしかけていた手を500ミリリットルの缶へと切り替えた。

「お父さんが亡くなる前、お母さんとお父さんがいつも約束していたことを」

「約束? 何それ?」プシュっとプルタブを引く。

「ねえ、今日は飛んでないの?」

「蝶々?」缶チューハイを飲みながら辺りを見回してみる。「今日は飛んで・・・」と言いかけていつも空けているダイニングの父の席から蝶が飛んでくるのが見えた。やはり金粉をまとっている。ということは姉の言うように父は蝶となり母を探しに来たのだろうか。

「今、来た」

庭でモーツァルトが吠えている。

「やっぱり」

でも確かに、言われてみれば今まで見たこともない珍しい種類の蝶だ。ネットで検索しようとしてその考えをやめた。姉が父だと言うのならしばらく夢見心地でいたい。勢いで500ミリリットル缶を飲み干した。酔いがまわってきたのか疲れのせいか、身体がふわふわと私までおかしくなってきそうな気分だ。 とりあえず蝶に向かって「お父さーん、会いたかったよー。あはははは」と笑ってみる。ふざけていたら本当に酔いが回り始めたようだった。立ち上がり冷蔵庫の扉を開ける。

「あんた飲みすぎだって!」

「はぁ? まだ二本しか飲んでないけど」

「平日からやめなって」

「別に誰にも迷惑かけてないし」

「だからあんたは駄目なのよ!」

その言葉にカチンときた。冷蔵庫から小さい方の缶チューハイを取り乱暴に扉を閉める。私の何が駄目だと言うのか。母の面倒だって私が見ている。前回の法事の時に動物愛護センターから姉が引き取って来たモーツアルトだって私が毎日散歩へ連れて行っているのだ。私は私なりにちゃんとやっているという自負がある。姉の強めの口調を聞いて、酔ったついでに訊いてみたくなった。

ねえ、小さいころ私のこと押入れに閉じ込めたの覚えてる。

いつか訊いてみたいと思っていた。姉との会話で癪に障るようなことを言われる度、喉元まで出かかった。今、私は酔っている。今日こそチャンスかもしれないと思った。

小さかった私をお姉ちゃんは押入れに閉じ込めて友達と遊びに行ったんだよね。だからお姉ちゃんのほうが私より駄目なんだと思うけど。頭の中で何度もシミュレーションしてみる。今日こそ言おう。絶対言うんだ。今。

その時、ダイニングに誰かがいるような気配がした。飲みかけの缶を床に置き、恐る恐る立ち上がる。「お母さん?」現実的に考えると私以外に母しかいないので呼んでみた。返事はない。一気に酔いが醒めた。無意識にスマホを握る手に力が入る。キーンと耳鳴りがして全身に鳥肌が立った。

誰もいるはずのないダイニングテーブル。ぼんやりと、その父の席に誰かが座っているように見える。

「お姉ちゃん」とスマホに呼びかけてみるも返事はなく、いつの間にか通話が切れていることに気づく。

「どうして切ったのよ。もう」

苛立ちと焦りと恐怖とがないまぜになり背筋を凍らせた。怖いもの見たさと好奇心で、じっと目を凝らす。ぼんやりとだけれど、視線の先にさっきまで飛んでいた蝶が見えた。「蝶々だ」座っているように見えたのは椅子の頭の位置で蝶が止まるように飛び、金粉の広がりが人の身体に見えたのだ。それは父のようにも見える。あの蝶はやはり父なのかもしれない。そう思うと急に蝶が愛おしく思えてきた。父に会いたい・・・。

もう一度だけ、父に会いたい。会って父の声を聞きたい。父の目を見て、瞳の色や眉毛の形を目にやき付けたい。ぎゅっと抱きしめて父の匂いを記憶に留めておきたい。1分だけでいい、父に会いたい。思い立って立ち上がりダイニングに歩み寄るも一瞬だけ視線を逸らせた隙に、さっきまですぐそこにいたはずの蝶は消えたようにいなくなっていた。

翌日は姉に電話をかけなかった。後ろめたさもあるし、姉にも少し反省してほしいと思ったからだ。

ただ、姉の言う「父と母の約束」が頭に張り付いて離れないでいる。

翌々日も、姉からも連絡はなかった。妹である私からの電話もなく姉は何とも思わないのだろうか。不思議で仕様がなかった。

次の日も静かな夜を迎えた。「お父さんとお母さんは何を約束したのだろう」キッチンの電気を点け冷蔵庫の扉を開く。明日、姉が帰ってくる。缶チューハイに伸ばしかけた手を止めた。酔ってしまいたい気分と躊躇う気持ちがせめぎ合い指先を引き戻している。コップに麦茶を入れゴクゴクと喉を鳴らせて一息に飲み干す。とりあえず寝ることにした。

その夜、嫌な夢を見た。

私は家の中にいて、廊下の奥を見ている。何処からか泣き声が聞こえ、目の前をあの綺麗な蝶が金色の粉を纏いながら飛んでいた。その蝶に導かれ、そして泣き声に誘われるままゆっくりと歩いて行く。蝶は姉と二人で使っていたかつての子供部屋へと入る。次の場面で私は押入れの前に立っていた。突然、押入れの襖がピシャーンと開き、その中で小学生の姉が体育座りの格好をして私をじっと見ている。強張った表情の姉の顔を暫く見つめていた。姉は決したように口を開く。

「あんたは小さくて覚えていないからいいけど私は物心ついていて苦しかったんだよ」いつも大人びて見えていた姉がすごく幼く見える。姉は子供の声のままで続ける。「泣きたかった。でもお母さんが毎日毎日泣いていたから私がしっかりしなきゃ、って。頑張っていたんだよ。あんたはお母さんに甘えてばかりだし。私だって。私だって。本当は甘えたかった。あんたより早く生まれたばっかりにお父さんとの別れを悲しむ余裕も与えられず辛かった。あんたが羨ましかったんだ」

だから姉は私を閉じ込めたのか。姉は姉でずっと私を羨んでいたというのか。今まで姉の苦しみなんて考えたこともなかった。

それでも・・・姉には父とのはっきりとした思い出が残っていてずっと羨ましかった。二人の思い出に割り込む隙もなく悔しかった。理由がわかったとしても、姉を簡単に受け入れられない。明日帰ってくるのに自分から電話も寄こさない姉。今更、謝ったとしても許せるかどうか自信もなかった。

 

駐車場から連絡通路を渡り、那覇空港の到着ロビーに行くと先に下ろした母の背中が見えた。三十数年も前に父からプレゼントして貰ったワンピースを今も大事に着ている。

羽田発925便。到着予定時刻から二十分も遅れて二十二時十五分に到着した。

ガラス張りの向こう側から、到着したばかりの乗客が荷物を受け取りぞろぞろと出てくるところだった。母の背中越しに姉の顔を見つけた。少し気まずそうな笑顔で母の頭を見つめて軽く手を振っている。

母の頭は昨日までと違い鮮やかさを増していた。こんな髪の色でもいい。母が生きていて良かった、と二十六年もの時間を確かめるように笑顔のまま何度も頷く。母の命の源なのだと思えば逆に派手な頭が愛おしく思えてくるから不思議だった。

一歩ずつ近づくにつれ姉の顔が歪んで見えた。

「ただいま。お母さんの髪の色よぉ」苦笑いで躊躇いながら「見つけ易くていい、さぁ」と無理に付け足した姉の「さぁ」がわざとらしくて東京暮らしの長さを感じさせた。

「お姉ちゃんの、さぁ、よぉ。ウケるんですけど」無理に笑ってみたけれど、久しぶりの再会のせいなのか、または数日間の軽い姉妹喧嘩の後だからなのか、それとも父と母を思ったからなのか鼻と目の奥にツンと熱いものがこみ上げてきた。姉も同じ気持ちなのだろうハンカチで目頭を押さえている。その姉を見て私まで涙がこぼれてくる。許したわけじゃないけど今日だけ許す。気づいたら姉と抱き合って二人でワンワン泣いていた。

「ええ、あんたなんか二人よ大丈夫ねぇ」真っ赤な頭の母が心配そうに見つめている。「そんなに会いたかったわけ?」

その母の頭を見てまた二人で笑った。そして涙を拭いながら、お互いの化粧崩れを確認しぷっと吹き出して、また泣いた。

これからは次に来る三十三回忌の髪の色を楽しみに暮らして行こう。きっと父も楽しみにしていることだろう。

駐車場に戻る前に姉と連れ立ってトイレへ行った。母は「疲れたから」と待合ロビーで腰掛けて休んでいる。

化粧を直しながら姉の顔を一瞥して、前回帰郷した時より確実に年を重ねている肌の質感に気づく。姉は東京でどんな生活を送っているのだろうか。パートへ行くのに自転車や満員電車に揺られているのだろうか。今まで疑問に思ったことさえなかった。

「ねえ、ハイビスカスの花言葉って知ってる?」何かを思い出し、弾かれたような声のトーンで鏡越しの姉が言った。

「ど、どうしたのよ突然」

「知るわけないか」先ほどの再会の感動が嘘のように投げやりな言い方で姉は時に私を突き放す。我慢我慢。今日だけは我慢だ。

「バカにしないでよぉ。お姉ちゃんと違ってこっちは生まれてからずっと沖縄に住んでるんだから」言ってしまってから皮肉な言い方だったと反省した。「繊細な美、でしょ」

「さすが我が妹。でも実はもうひとつあるんだなぁ」

「え、なに?」本気で知らなかった。

姉はすぐには答えを言わずに「ずっと気になって調べてみたら・・・」と沈黙を作った。 鏡越しに目が合うのを待って姉が言う。

「新しい恋、なんだって」

「新しい恋?」

「そう、新しい恋」

「そうなの? で、それがどうかしたの?」

「うん。もしかすると、だけど」姉はそう前置きして、父と母の約束を話し始めた。

今から二十六年前。父が入院していた病院の一室で、カーテンに姉が隠れているのも知らずに二人は約束を交わしていたと言う。

次に生まれ変わった時、すぐに見つけられるようお互いの好きなものになろうと誓い合った・・・。母は父が好きだった「ハイビスカスの花になる」と言い、父は母が好きだった羽色の綺麗な「蝶になる」と話していたと姉は微笑む。そして家族が好きだったあの場所で必ず、会おうと誓い合った。何度もそんな場面を目撃しているから間違いはないと姉は念を押した。

「仲が良かったんだね」

「前世があるとしたら、あの二人ずっと夫婦だよきっと」父と母はそうやって何度も生まれ変わりを見つけ、出会っている夫婦なのかもしれないと姉は吐息をこぼした。

「でも、私やっと気づいたんだ・・・」姉はそう言って目を伏せる。「お父さん最後に嘘をついたんだよ」

「嘘? 何が? どうして?」

「お母さんを心配して。前に進んで欲しくてハイビスカスを選んだんだよ・・・」

そして、それは正直者の父が母についた最初で最後の嘘なのかもしれないと姉は俯く。

「お父さん、お母さんのこと心配して、他の人を探せって花言葉に託して伝えたかったのかも。新しい恋を見つけろって・・・」

自分がもうすぐ旅立つことを父は冷静に考え、そして最期に花言葉を選んだ。ハイビスカス。沖縄名アカバナー。

「新しい恋かぁ」

死と直面した時、私なら自分のことだけで精一杯だろう。この世からもうすぐ自分が消えてしまうことを知ってしまったら・・・やりたかったこと、行きたかったところ、生きられない未来。あらゆる現実と絶望とが全身を圧迫して息も出来なくなるくらい苦しくて。私ならきっと混乱する。そして自暴自棄になると思う。そう考えると父は冷静な人だったのかもしれないと改めて尊敬した。

残り少ない時の中で父は母を思い「新しい恋」を見つけるように好きな花をハイビスカスと伝えた。父の思いとは裏腹に純粋な母は素直に受け止め、いろんな色のハイビスカスになりきり父と会える日を待っている。

「だから、お母さん海中道路に行かないんだよ。きっと」姉が唇を噛んだ。

「生まれ変わってからじゃないと海中道路に行ってもお父さんに会えないってこと?」

「もしかすると、その約束のせいで行くのが辛いとか、かな」

「思い出すから行くのが辛いってのも、ありなんじゃない」二人でいろいろ模索する。そのどさくさに紛れ突然姉が「この前怒鳴ってゴメン」と言った。返答に困り「ああ、うん」とぎこちなく化粧ポーチをバッグにしまう。

「そろそろ行こう」揃って待合ロビーへ向かって歩く。

「ねえ、明日三人で海中道路へ行こうよ」

「明日? 法事だけど」

「だから行くのよ。早朝に行ってパッと帰って来れば大丈夫でしょ」そう姉は頷いている。

「べつにいいけどお母さん行くかな」

視線の先に赤い頭の母が見える。蝶となった父が迷わないようハイビスカスの色を模した髪の毛で母は自分の一生を父に捧げ続けているのだ。世間体や恥ずかしさを捨てて。

そして今、父は蝶となり母を探しに舞い降りて来た。なのに母には見えない・・・。

 

その日は夜遅くまでお茶とチューハイで乾杯し近況を報告し合い毎度の思い出話に花を咲かせた。明日が父の命日だ。母の体力と私たちの労力と親戚の人数を考え、重箱は近くのお弁当屋さんにお願いすることにして三日前に注文しておいた。面倒なことが嫌いだった父なら許してくれるだろうと母と姉は言う。 それから海中道路には、陽の上がる前に行くことにした。観光シーズン真っ只中、早朝なら道も駐車場も空いている。渋滞や行列の嫌いな母にそう説明し、楽しく話を盛り上げ勢いで承諾させた。忘れないよう平御香と父の好きだった泡盛のボトルを靴箱の上に準備しておいた。明日の朝コンビニに寄っておにぎりやサンドイッチでも買って海と朝陽を眺めながら朝食にしよう。きっと楽しいだろうなとわくわくしながら眠りに就いた。

 

翌朝、四時に起きると空は夜のままの藍色だった。三人で支度を済ませ玄関ドアを開けると庭からモーツァルトの唸る声がした。父のいない我が家にとって最適な番犬だ。

暖気運転で油圧ランプが消えるのを待って車を発進させた。ヘッドライトの明かりを頼りに海中道路を目指す。

出来るだけ大きな通りを選んで走っていく。「あのそば屋まだ頑張ってるんだー」と姉が懐かしみ、小さい頃から通っていた商店が閉店したことを悔やんでいた。途中、姉のリクエストでコンビニに寄り、なかよしパンを買う。再び車を走らせ交差点を左折し海中道路に入ると、母は黙り込んだ。

東の空が藍色から少しずつ朱色へと変わり始めていた。サバニ船を模した海の駅あやはし館が見えて来ると駐車スペースの誘導路へと吸い込まれて行く。あやはし館を左手に通り過ぎると綺麗な砂浜の海が見えて来た。姉から聞いていた家族四人の思い出の場所だ。

駐車スペースの端に車を停め、そっと母の表情を伺う。母はどこか落ち着かない様子で緊張しているようにも見えた。

「あああー、着いたー」と車から降りながら姉が両手を広げる。風が気持ち良かった。

外灯の僅かな明かりを頼りに遊歩道を歩き、階段の一段目、両側から母を挟むように三人並んで腰を下ろす。

父の好きだった泡盛を紙コップに注ぎ、三本一組の平御香を三人分用意し火を点けた。

待ちきれなかった姉がなかよしパンを口いっぱいに頬張り「懐かしいやっぱり美味しいなかよしパン。コーヒーと合うー」と顔をくしゃくしゃにしている。

程なくして「蝶々・・・」と口をもごもごさせながら姉が「綺麗」と呟いた。

どこからともなくあの蝶がスーッと舞い降りて来た。姉と目が合い頷き合う。見間違えることのないいつもの蝶だった。

「え? どこ?」驚いた顔の母が言う。

「ほら、そこ」姉と二人で言葉が揃った。

「いないさ。あんたたち大丈夫ね」

「ええ? お母さんそこに飛んでいるさ」

「小さいのね? 目が悪くて見えないさぁ」必死に目を凝らしている。

「大きいのよ」

やはり母には蝶が見えていなかった。母は慌ててバッグから眼鏡を取り出し、かけている。私と姉は蝶の軌道を目で追った。右へ左へ飛んだ後、ゆっくりと母に近づいている。

「お母さん、本当に見えないの?」

「見えるわけないさ、実際に蝶々なんか飛んでないんだから」眉間に皺を寄せ下を向いた。

残念ながら母には見えていないのだ。私たちには見えるけれど母には見えない。それはもしかすると向こう側へまだ来て欲しくない父の優しさなのだろうか。会いたいけれど、まだ会えない。生きていて欲しいと願う父からのメッセージなのか。

「お母さん」姉が母を呼ぶ。

「んん」

「目、瞑ってみて」蝶を見つめて言う。

「よけい見えないさ」

「いいから試しに瞑ってみてよ」

蝶は母の頭上で飛び続けている。

「お母さん早く」

母は何も答えずに静かに空を見上げ目を閉じた。

「何か見える?」私の問いかけに母は答えない。

「ねえ、お母さんってば」

その時、姉が「しっ」と手で制した。

母がゆっくりと虚空に向かって両手を広げた。愛おしそうな表情に変わった母は、蝶が見えているように何度も頷いている。蝶が母の差し出した指先に躊躇いもなく、とまった。

母は今、蝶になって舞い降りてきた父と、時間や空間を超え再会できたのだ。

「お父さん・・・」

母の目から涙が零れ落ちて行く。父と母はは三十年近い時を経てあの世とこの世の境目で再び会えたのだ。家族四人が今、この場所でひとつになる。家族思いの父と母。時々優しくて、時々いじわるな姉。そして私。みんながそれぞれに歳をとり一人ずつ離れて行ったとしても、必ず思い出の場所に家族の記憶は残っている。

いつか母が父のいる場所へと船を浮かべたら姉と二人で思い切り泣こう。母の渡る三途の川を娘の最後の仕事として涙で満たしてあげる。そして四十九日に、たくさんの思い出を姉と二人で語りつくすのだ。

だからお願い。お父さん、お母さんをまだ連れて行かないで。お姉ちゃんのことも・・ちゃんと許すようにする。時間がかかっても許そうと思う。急に思った。私の晴れ姿を、やっぱり母に見せたい。見てほしい。

数分間、いや実際は数秒間だったのかもしれない。父と母は言葉を掛け合い、確かめ合い、見つめ合い、手を取り合うように何度も頷いていた。母は父に諭されたのか涙を拭い、納得したように今度は深く頷く。

蝶は暫く別れを惜しむように飛んでいたが朝陽の光が眩しくなったのを見計らって空高く舞い上がった。それはまるで金色の尾をなびかせ空へと上ってゆく龍のようにも見える。虚空にメッセージでも描くよう不規則な軌道で、やはり金粉を散らして飛んで行く。

母はゆっくり目を開き余韻を噛み締めるように空を見上げ何度も頷いている。

蝶になった父は空に吸い込まれるように見えなくなると一瞬色とりどりの光を放ち、一本の太い線となって海中道路の端から端へと降り注いだ。キラキラと輝く光の粉となって。この道路が父へと繋がる道だと標すように。

「お父さん行っちゃったね」

朝陽が眩しかった。母の顔も姉の顔も晴々としてオレンジ色に輝いている。

「今度は六年後に来るってよ」母が呟く。母の目じりに涙が残っていた。連れて来て良かったと思うと同時に、母の顔に皺が増えていることにも気づく。今は少しでも早く母を安心させたい。ぐずぐずなんてしていられない。

「おーい」と両手でメガホンを作り叫んだ。「いきなり来たねー」隣で姉が笑った。

母も笑っている。

もう一度、息を吸い込み立ち上がった。

「来年、結婚するぞーーー」力一杯海の向こうに叫んだ。父にも聞こえるように。

「あい。本当ね。だったらお母さん嬉しいけど」

「わお。びっくり」姉が驚いた顔の後で笑った。「相手どうするの? モーツァルト?」

「ばっかじゃないの、犬だし」

「助手席に座らせてドライブしてみたら」

「でもモーツァルトは女の子だよね」母が真面目な声で言って笑う。

「しまったぁ。我が家は女だらけだったのかぁ」姉は笑い転げている。

姉はほっといて新しい恋をしようと思う。ハイビスカスの花言葉は、父から私へのメッセージでもあるのかもしれない。

「また三十三回忌に此処に来ようよ」二人を見下ろして言った。

「私はそれまで元気かねえ」よっこらしょ、と立ち上がりながら母がお尻の砂を掃う。

「新しい孫の面倒もみないといけないから病気になる暇もないかもよ、きっと」姉が私を見て優しく微笑み立ち上がる。

六年後の今日と同じ日、また家族で海中道路に集まろう。父と母が夫婦で約束したように今度は家族みんなの約束だ。父と母の中継地だった場所が、今は父と私たちを繋ぐ場所になった。

「その頃は何人に増えているのかな」

「何が?」

「家族」

「家族かぁ」

「そう、家族」

東の空がオレンジ色に変わり、藍色からの綺麗なグラデーションになっていく。

「あい、家族と言えばモーツァルトに餌あげるの忘れてたんじゃない」

「ええ、今日? 昨日?」

「あい、昨日もあげたかねぇ。最近物忘れが激しくて覚えてないさぁ」

「お母さん大丈夫ねぇ」

「でも、あげてなかったら鳴くんじゃない」

「そうだよ。犬はお腹空いたら鳴くでしょ」

丁度その時「ワオーン」と海中道路の真ん中で聞こえるはずもないのに、犬の鳴き声が聞こえた気がして三人で顔を見合わせる。

「モーツァルトかもよ」同時に言って同時に笑った。女三人の笑い声が響いている。

母の頭が朝陽に照らされ大きなハイビスカスのように見えた。姉はコーヒーを手に再びなかよしパンにかぶりついている。姉が言うようにお酒は止める、いやゴメン控える。久しぶりに、新しい恋でも探そうと思う。ダイエットしなきゃ。そうだランニングも始めよう。そう思えるようになったのが嬉しい。

青色が広がる空を見上げ大きく両手を広げながら目を閉じ、深呼吸して、父に感謝した。

 

出来るだけ大きな通りを選んで走っていたら、姉が躊躇いがちに口を開く。

「ねえ、お母さん」

「ん? なぁに?」

「今までずっと言えなかったんだけど・・」言いづらそうに後部座席から首を伸ばし顔を向ける。

「髪の色なんだけど」

「髪の色?」

「そう、髪の色」

「もう私たち気にしないから、これからもどんどんやっちゃっていいよ」

「なにそれ」

「なにそれってお母さんの染めた髪の色だよ」

「紫とかオレンジとかピンクとか黄色とか」思わず私も口を挟む。

「ええ?何のこと? あんたたちなに言ってるの? お母さん髪の毛黒以外に染めたことなんてないよ」

「ええ? どういうこと?」思わず路肩に車を寄せて停車させた。もしかすると私と姉にしか見えていなかったのだろうか。いやいや今まで母の髪の毛を見て誰もが笑っていたはずだ。まさか私たちの思い込みや気のせいだったとか有り得ない。今も現に赤い髪の色だ。父との約束が母の髪の色を変えたのだろうか。父への思いが現実を超えたのかもしれない。

 

初七日が終わる前、母は父の後を追いハイビスカスの花になるつもりだった。そんな母を法要という責務が救ってくれたのだ。四十九日を迎える頃には現実を受け入れ子供たちの笑顔に希望を取り戻した。

巣か何かに間違われ、蝶が飛んで来たこともある。

 

当時、高校を卒業したばかりの私は家計を助けるつもりですぐに就職した。女手ひとつで私と姉を育ててくれた母に少しでも恩返しがしたかったからだ。家族思いの優しい父を亡くし初七日を泣き続けた母。それでも足りずにまるで父の渡る三途の川の水を満たすかのように四十九日まで泣き暮れていた母。

後に姉は「もしもこの世に四十九日の法要がなかったら母はきっと父の後を追っていたかもしれないよ」と私にそっと教えてくれたことがある。父が亡くなった時まだ小さかった私や姉の存在を忘れる程に母は声を嗄らし、次の日もそのまた次の日も泣き崩れていたという。

私と姉は四十九日という法要に助けられたのだ。愛する人を亡くした悲しみや苦しみを七日ごとの責務を与えることで残された者を少しずつ希望へと導いていく法要。それほど母は父を愛し、また父は母を深く愛していたのだろう。

余命いくばくもない父の入院自体が、私の中に残っている僅か限りの思い出だった。幼かった私にはベッドの上で笑っている父の顔を微かにしか思い出せない。なのに父が亡くなった直後だけ、断片的に覚えていることがある。心電図のピーーーと命が消えた瞬間の音。病院の消毒薬の匂い。母の狂ったように泣き叫ぶ声。吸い込まれそうな暗い廊下。それらが強く記憶として残っている。

膵臓癌だった。火葬場へ向かう車窓から、真夏日の高く青い空と厚い積乱雲に蝉の声が重なる景色をずっと見つめていた。信号待ちで見た横断歩道の青い点滅。歩道を移動する日傘の群れ。漆黒の行列。こめかみから頬を伝い流れ落ちていた物が汗だったのか涙だったのかは未だに思い出せないでいる。

悔しいけれど七つ上の姉は父との会話を昨日のことのように覚えているという。父の笑った顔も、目じりの皺も、父の匂いも、低い声も、頭を撫でてくれた厚く大きな手の温もりも姉の思い出の中で今もずっと生き続けている。

 


娘へ

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2歳と1ヵ月。

 

初めての運動会。

 

期待し過ぎずに期待して
オープニング後すぐに始まる
りす組のプログラムを見守った。

 


生まれ変わり

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人は皆

 

誰かの生まれ変わりなのかも、と

ふと考える瞬間がある。

 


ラブレター

sakura
クリスマスを過ぎると、沖縄にも本格的に冬が訪れる。

そんな事を考えながらガレージの倉庫からストーブを運び、冬支度している最中だった。


タイムマシン

time_machine
遠い日のいつの日か、棺の中に写真を一枚だけ持って行けるとしたら・・・
どの一枚を選ぶだろうか?




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